Aoiko Blog

朝は珈琲と音楽さえあればそれでいい

【炊飯器が壊れて違う景色が見えた】

一昨日料理をしていた時のことだ。

控えめに言って香ばしい匂い、もとい、焦げ臭い匂いが鼻を突いた。

慌ててコンロに目をやったが、いやいや今はまだ切っている段階で火なんかつけていないじゃないか。

だけど匂いはキッチン中に広がっている。

火事?何事?

匂いの出どころが知りたくて振り返ると、さっきセットして炊飯ボタンを押した炊飯器の画面表示が消えている⋯。

え?まさか?と思って炊飯器に近づくと、焦げ臭い匂いがより一層強まった。

 

蓋をパカっと開けると炊飯を強制終了させられたお米から熱い湯気が立ちのぼる。

 

あーこれが匂いの根源か⋯

 

学生の時から15年ほど使い続けてきた炊飯器が、何の前触れもなく故障した瞬間であった。

今朝まではいつも通り炊けていたのに。

 

終わりは突然来るものだ。

もう何も映さなくなった炊飯器の画面に哀愁を感じながら、お釜を取り出し中身を鍋に移し替えた。

 

とにかくこの中途半端に水浸しになったお米をダメにするのだけは避けたい。

 

鍋炊きご飯なんて久しぶりすぎて上手くできるだろうか、とドキドキしながら鍋に火をつけ蓋を閉めた。

 

中火で10分くらい、弱火で数分、蒸して10分、どうなの?と思いながら鍋の蓋を開けた。

 

ふわぁ〜🍚

 

と最高にアロマな匂いに包まれる。

 

炊きたてご飯の匂いだ!混ぜて少し食べてみる。

お、美味しい。

 

15年使い込んだ炊飯器とは雲泥の差のお味だ。

まさかこんな美味しいご飯がうちで食べられるなんて⋯!と興奮した。

 

それでまんまと鍋炊きご飯の美味しさに味をしめた私は今、五目ご飯、わかめごはん、と続々アレンジを加え、その度ご飯を美味しく食べることがどんどん楽しくなっている。

 

さらに昨日思わぬ副産物を得た。

 

それは仕事の帰り道のことだ。

夕方の帰り道はどうしてもお腹が空いてしまい、家に帰れば炊いたご飯があるのは分かっているのに、わたしはついついスーパーで美味しそうなおにぎりを買ってしまうことがあった。

私の悪い癖だ。

だけど昨日は違った。

外で買うおにぎりより美味しいと分かっている鍋炊きご飯が待っていたから。

 

わたしは帰り道何も買わずに帰ることに成功した。

 

 

それでわかったのだけど、ついスーパーでお惣菜を買ってしまう時は自分の作った料理に対して、「美味しい」という自信がないのだ。

「美味しく食べられないかもしれない」と不安に思っているから、作り置いたものがあっても味付けしっかりのお惣菜やおにぎりに手を出すのだ。

 

昨日の判断がそれを物語っている。

私のパターンが見えた。

 

 

ということで、これからは自分の作った料理に100%自信を持っていこうと決意した。

無駄買い防止への第一歩。

 

 

【日常じゃない日常を過ごしてる】

5年越しの結婚式が終わってここ数日、完全燃焼してしまい立ち直れなかった。

 

今日やっと日常が戻ってきた、と思ったのも束の間。

 

けだるい!

 

妊娠中に日常なんてなかったのだ。

 

先週の頭あたりから、お腹が一回りボンッと大きく出た。

今まで人に「お腹大きくなったね」と言われることはあっても自分で実感が持てなかったのだけど(なんでだ。)、これはもう出てる。

それもすごく出てる。

 

そして重い。

重くて立ち上がったり、何か行動しようと思うと億劫で動きたくない。

 

そしてお弁当作りとかお洗濯とか、次の日のための準備みたいなものを目の上のたんこぶみたいに思い始めてる自分がいる。

 

お水を飲みに起き上がるのすら億劫。

あっし、どうなっちゃうんだろうか⋯。

かなり他人事のような感覚を抱く。

 

今日、仕事の帰り道に「このままじゃまずい、逃げグセがついちゃう」と思って、妊娠してから足が遠のいていたお肉の安いスーパーへ行った。

質がいいのに安い、とてもいいスーパーだ。

 

ここからはもう質素倹約。

とまでは言わないけど、最近、体調を気遣うあまり、近くの高いスーパーでお金をボロボロと使ってしまう自分がどうしても許せなかった。

なんだろう、自己肯定感が満たされない。笑

 

 

なので今日、冷凍用のお肉、お魚、野菜のストックを安く手に入れられて、すごくホッとした。

これでしばらくは高いスーパーへ行かなくて済む。

そもそもスーパーという場所行くと買わなくて済んだお惣菜やおやつに簡単に課金する恐れがある。

いかん。

妊娠前のようにとにかくおかずを作り置きして、スーパーへいかない理由を用意しておくのだ。

 

 

そういえば6月末に赤ちゃんの性別が判明した。

結婚式前夜、夫と海のそばを散歩しながら赤ちゃんの名前を決めた。

こういうのは水辺で話し合うのがいいね。

この時まで、人の名付けって夫婦で意見を一致させるのが難しいって思っていた。

でも不思議と水辺で話し合うと、スンッとお互い納得できる不思議。

 

なんでだろ。

とにかく決まってよかった。

 

【今日は結婚式当日】

ついに結婚式。

 

ついにとか言ってみたけど実感なぞ湧いていない。

体調をみながら背中のお肉をとる運動をしたり、背中にできた謎のおできに薬を塗ったりしていたら当日になっていた。

 

朝8:15.メイクが始まった。

 

前乗りのホテルでうまく眠れなかったからか、前日中華料理を食べたからか、ややむくんでいる。

むくみを取る体操やらマッサージを昨晩のうちにしこたまして、朝起きてもまたして、メイクの合間にまたして。

 

あれよあれよという間にもう挙式1時間10分前。

 

 

まだアイライン引いてないけど大丈夫かしら。

 

10:50に写真を撮るから、まだ時間はあるのか。

私がソワソワしてもしょうがない。メイクさんはもちろん落ち着いていて、わたしだけがソワソワしている。

 

わたしはいつも本番前笑えてくる。

アドレナリンがドバドバなのかもしれない。

 

でも穏やかでいるよりも、少しの緊張がある方がいつもうまくいく。

結婚式でうまくいくって、どういう状態だ?

作ったものを見せる場所ではないはずだ。

どうせその時になれば感極まるから、思い通りになんていかないのだから。

 

わたしは今日を楽しむことだけを考えていよう。

 

 

【一分一秒がキツい。それでも信じなければ。】

妊娠して早12週目。

台風が来た。

11週目で落ち着いたつわりによる吐き気やだるさが、ここに来てぶり返してしまった。

 

夫は仕事で日付が変わるまで帰ってこない。

ただ1人、淡々と耐え忍び時をやり過ごすのみ。

座っていてはだめだ。腰痛と吐き気が強まる。

ただただ地面と体を平行にしてここに居る。

 

 

あぁ、こうやってこの1年を過ごしていくのか。

なんとサバイバルな1年であることか。

わたしの心が持つか心配だ。

元来強くないのである。妊娠前、しんどいとすぐ薬を飲んでいたし、ポテチの誘惑には簡単に負ける。

 

ここにきて信念を試されている。

試すほどの信念なんてわたしにあったっけ?

身体がしんどいとすぐに赤ちゃんを守ることを忘れる。

体調が良くなり、元気だった一昨日まではお腹の赤ちゃんにせっせと話しかけて歌を歌って、童謡も歌えるように練習していたというのに。

 

吐き気とだるさがぶり返せば、すぐ弱くなって怠るのだ。

 

私は未熟だ。耐え性がない。

 

もっと頑張りたいのに、ブログだってつわりが始まってから休んでしまった。

 

こうして戻って書いてみたのは、布団に横になる間にどんどんはけ口を失って溜め込むことに不安を覚えたからだ。

 

どこかにアウトプットしなければ。

 

それだけだった。

切実に、ひとかけらの希望をブログに求めた。

もはや誰かに読んでほしいというよりも、自分の為。

 

 

妊娠がこんなにサバイバルなんて、聞いていない。

ちょっとしたことで、ついさっきまでの元気が消え去ってしまう。

一分一秒がキツい。

 

それが永遠に続くようで、心が持たない。

 

 

 

でもきっとまた元気になる。

 

その繰り返しのはずだ。

 

そう信じなくてどうする。

私は強くならなくては。この1年を生き延びなくてはならない。

 

 

 

 

【先の見えないつわり。妊娠6週目の生存戦略】

今週のお題「シーズン開幕」

 

ここ数日ずっとつわりによる吐き気で、仕事している時以外はほぼ寝込んでいる。

想像以上にしんどい。

朝起きた瞬間が1番苦しい。

来る日も来る日も吐き気、吐き気、吐き気⋯。

 

だからもう先のことを考えるのはやめた。

「あと24時間を何十回こなせばこの吐き気から逃れられるんだろう。」

そんなことをつい考えてしまっても、ただ苦しみが増すだけだと気がついたから。

 

 

思えば、一日のなかで比較的吐き気から遠ざかるのは働いている時かもしれない。

相手の声や視線を追い、先回りをすることに意識を集中させている時間。

「他人の意向に意識を巡らすこと」が今の私のとって最大のつわり対策なのだと分かって少し気分が良くなった。

 

つまり、「今目の前のことだけ考える」こと。

それが、このえげつない吐き気を感じにくくする今現在唯一の方法なのだ。

 

 

明日どうなるか、1週間後どうなっているか、なんてもう考えない。

吐き気に追い立てられながら今日をやり過ごすことだけでいい。

 

 

想像してみる。

今、私の体内で「命」を創っているということを。

身体のなかに心臓が身体に2つあるのだ。

 

そして今私たちが頭で考えたり感じたりしているのと同じような「神経の回路」を創っているということを。

私の脳がパニックをおこしているのも無理はない。

 

 

私一人の体調が悪いのではない。

もう一人の人間と共存しようとする激しい「摩擦」の中にいる。

 

そう考えれば、この体調不良にも自信が持てる気がしてきた。

 

【貯金0円で妊娠が不安な人へ。私が一歩踏み出せた理由と、変わったマインド】

「子供作りたいね」と言いながら、5年の月日が経った私たち夫婦。
その間何をしていたかを聞いてほしい。
 
それまで続けてきた芝居で膨れた借金の返済に追われ、大した手取りもないのに50万円弱の分割の残りを抱えていた。もちろん貯金は0円。
毎月働けば働いただけ、少しの返済と下手くそな家計により、平均より少し高い生活費を払っておしまい。そんな日々が5年続いた。
 
「お金がないから、まだ無理だ」
真面目に未来を案じれば案じるほど、私たちは動けずにいた。
 
それでも、継続は力なり。

返済をコツコツと続けていく内に家計の回し方のコツを得たわたしたちは、昨年ついに完済し、貯金まで出来るようになった。
3カ月で20万円貯まったことで勢いがついた。
 
コロナ禍で出来なかった結婚式の申込みに加え、返済の焦りで流れていた結婚指輪の購入。
先月のたった一日で、この大きな夢を叶えたのである。5年前、計画性のないわたしたちからは考えられない事態だ。
 
そして今月、勢いとは怖いもので妊娠に至る。
 
迎えた本日の妊婦検診で、いよいよあかちゃんの部屋が作られていると確認できた。
その感動たるや、海のように湧いて出てくる涙でマスクの中に水たまりができるほどであった。
 
優しくスッと、ティッシュを差し出してくれる先生。
お礼の言葉を出す空気がなく、ただただティッシュを引き抜くわたし。
夫は目尻が下がりっぱなしだ。
 
だが、ここからが不思議な話である。
 
正直、今日の今日まで、つまり赤ちゃんがいるんだとこの目で確認するまで、この先の未来が不安で仕方がなかった。
すでにやや気持ち悪くて仕事に支障をきたしている。このまま手取りが減っていって、結婚式の支払いも控えていて、赤ちゃんが誕生したころにはまた借金地獄になっているのでは!?とぐるぐる。
 
だけど。
あの白黒写真のたった4ミリの黒い楕円形の塊を見た時から、私の心はもう未来へ動き出した。
 
妊娠してしまえば、出産に向けて人は全力で悩み事の全てを捻じ曲げる力を持っている。
 
冷静に使えるカードを並べてみた。
有給もある、傷病手当もある、育休も産休もある、双方元気な両親がいる。
「じゃあ、これって全然問題なくない?」
としか思えないのである。
 
人は一人じゃない。進んだ先で必ず手を差し伸べてくれる誰かがいる。
それがわたしにとっては、つわりで欠勤したときにサポートしてくださる同僚や上司だったり、全力で応援してくれる祖母だったり、出産する病院を私に代わって探してくれる親だったり、様々だ。
 
空いた時間で資格の勉強や、副業の準備も出来る。
踏み出してみたから、思いもよらない場所に「余裕」があることに気がつけた。
「余裕」は過去の私には計算できない部分だった。
 
だからわたしは5年前の自分に言いたい。
早く一歩目を踏み出して。
未来を守ろうとする優しい心はそのままでいい。
自暴自棄にならず、守りたいという気持ちがあれば、その時の自分がきっと「余裕」をうまく活用するから。
 
あとは大丈夫、と。
 
 
この4ミリの楕円形の塊を見て、そう確信する。
 

【楽しい夕食作りだった筈がゾッとする惨劇を招いた話】

 

今週のお題「ケガの思い出」

 

あれは昨年の冬のことだ。

 

ごきげんな休日の夕方に作るカレー。

スマホで好きな音楽を流し、創作意欲は満々である。

 

忙しいいつもの手抜きカレーとはわけが違う。

具材はすり下ろした生姜とニンニクで炒める予定。

人参や玉ねぎをトントンッとリズムよく切っていく。

 

さて、普段はじゃがいもだけど、今夜はさつまいも🍠で甘みを出してみよう。

と、紫の側面に刃を当てた。

 

 

 

「ん、硬い。」

そのさつまいもは普通のさつまいもの3倍の太さだった。

 

中まで刃が入らない。力を入れ押し進めたその時、ゴロンッ!とサツマイモが回転した。

 

刃とともに回転したため、その時刃の目の前にあったのは私の人差し指。

 

 

悲劇は起きた。

 

 

想像できるだろうか?

 

 

つい今の瞬間までご機嫌だった感情が、目の前の惨劇を見るに理解が追いつかず、いまだ楽しい感覚を抱いているのだ。

 

 

ハッと気がつき急いで流しの水で血を洗い流すも、すぐ血が止まるレベルの切れ方ではない。

 

どうしよう、どうしよう、どうしよう、

 

完全にパニックになってしまい、全身が震えた。

 

 

仕事中の夫に電話して繋がらず。

飛行機で1時間かかる実家の父に電話をしたらすぐに出てくれた。

 

父は冷静な声で、

「とれたんか?」

と聞く。

 

「くっついてる!でもどのくらいくっついているか分からない。血で見えない。」

 

と動揺しまくりのわたし。

 

「取れてないなら、患部を清潔なタオルで抑えて」

 

そう言っても、今わたし一人しかいないので片腕だけで電話で話しながら、溢れる血を拭きつつ清潔なタオル探すのに、かなり苦戦した。

 

 

 

その辺りで夫から電話がくる。

泣きながら事情を話すと、

「今救急車呼ぶから」

 

とこちらも冷静な判断。

 

今思い返すと、私一人じゃどうにもならなかった。

とてもあの大惨事を目の当たりにしたら冷静な頭で判断なんて出来ない。

 

程なくして救急隊の方々が3名、夜間ということもありご近所に配慮しながら静かに来てくださった。

 

私の動揺を落ち着かせるのに大変長けてらっしゃる⋯。

何でもないことのように、

「この時間、多いんですよ〜、お料理してて切っちゃう方が。ちなみに何を切っていたんですか?」

 

と聞かれたから、

 

「さつまいもです⋯」

 

と気まずく答えた。

 

すると3名とも、「さつまいも!」

となぜか盛り上がった。

 

なぜだろう。

統計を取っているのだろうか。

いやいや、私を落ち着かせる為のコミュニケーションだ。

なんて大変なお仕事なのだ、とあらためてこんな時間に自分の不注意で呼び立ててしまったことに頭が下がった。

 

 

その後、院長に代わって研修医の方が「僕がやります。」と私の処置に対し名乗り出ている、という事実を車内のトークから知った。

 

研修医の方はもくもくと私の指を縫ってくれた。

すると突然私に、「〇〇持ってますか?」

と何やら薬品の名前を出すので、動揺が今一度蘇った。

 

つまり今縫ってくださった怪我の部位に菌がはいらないよう、〇〇という抗生物質を塗り続けてほしい、ということだった。

 

 

塗り薬はあまり常備していない。

これを機に救急箱というものが必要だな、と本気で思った。

 

 

 

夜間やっている近所の処方箋受付で、出していただいた処方箋と塗り薬を交換。

 

受付の方は夜間1人できり盛りしているようだった。

とても優しい人で、その晩一番安心した施設だ。

 

「どうしたんですか?」

と、話しても話さなくても構わないと余裕を持たせて柔らかく問うてくれた。

 

 

 

 

 

行きは救急車、帰りは徒歩。

 

少し長めの寒々とした帰り道、すごい速さで後ろから近づいてくる靴の音が聞こえた。

 

 

そんな気がしながら振り向くと、夫だった。

 

「遅くなってごめん!!!」

と奪うように私の荷物を持って、慰めてくれた。

 

あの日のことは忘れない。

 

私のために仕事を早退し、全力疾走で帰ってきてくれた夫。

 

 

痛かった。けど、心は優しさと思いやりで満たされてしまった。

 

周囲に迷惑をかけて図々しい、何を言ってるんだ。の一言かもしれない。

その通りである。全て自分の不注意さえなければ、である。

 

だが信じられないような事態が起きて、夫と、夫と住む家へ帰ってこられる幸せをその晩は噛みして眠った。

 

遠方から助けてくれた父や母にも電話で詫びた。

 

怪我は1ヶ月で元通りになり、心配していた傷跡も、1年経った今見る影もない。

 

 

 

 

そんなわたしは今、妊娠している可能性がある。

こんな悲劇、存分に薬を飲んだりストレスを溜められない今起こしてはならない。

 

あの日から、料理をする時も道を歩く時も、注意力を総動員して生きてきたけど今の私には負ける。

 

 

なにせ、自分以外の命を預かっているかもしれないのだから。

 

 

 

 

【友人に救われた日、話すと前を向ける存在は貴重】

先日、妊娠したかも騒動で友人との予定をキャンセルせざるを得なかった。

 

今日その友人と電話会談して、ここ数日のモヤモヤがやっと晴れた。

買い物へ行く元気も出たし、明日から連勤の為の作り置きも出来た。

大好きなこの友人のおかげだ。

 

 

その友人はすごく研究熱心なひと。

 

迷うならメモ帳片手にガンガン専門機関へ聞きに行くし、やりたいことがあるならとりあえず飛び込んでみよう、というひとだ。

 

話しているときはゆったり落ち着いた雰囲気なのに、行動派というギャップが好きだ。

 

それから私の大切な人を大切にしてくれるし、わたしも彼女に対してそうしたいと思える。

それは友人が人そのものを大切にするからだ。

人だけではないかもしれない、物や事も含めて尊重する心が彼女の教養の深さを表している。

 

 

 

また、悪い方に捉えないで、なるべく実りある方へアイディアをめぐらせる人である。

 

わたしがつい、

「上司が変わったばかりで妊娠のことを相談しづらい。今のポジションも代わりがいないし。」

ポロっと弱音を吐いたときも、

 

「わたしは優先順位を決めて考えたよ。一番は守りたい赤ちゃんのこと。って思ったから上司にも自宅勤務を願い出ることができた。」

 

と話してくれた。

 

わたしはその時自分が、お金のこと、職場への迷惑、今後の仕事の立場、あかちゃん、自分の体調のすべてに悩んでいることに気がついた。

 

目からウロコだった。

 

人間とは頭ごなしに、「こうすればいいじゃん!」と言われると、一気に壁を築く生き物だ。

悩んでいるときにそういう風にこられるとキツいと分かっているのに、そういう友人との関係をダラダラ続けていたりもする。

 

この人は違う。

暖かく後ろからすくってくれる。

相手を尊重して、共感して、その上で自分の話を惜しげもなく話してくれるのだ。

 

 

話した後に、自分が前を向ける存在は貴重だ。

 

そういう人との関係こそ大切に培って生きていきたいと思う夜であった。

 

 

 

 

【病院に行くのが早すぎて、ソワソワが止まらない私がカレーを作った理由】

「陽性」の喜びは、一瞬で「ソワソワ」に変わった。

 

 

 

妊娠検査薬の線を見て震えたのに、病院に行くのが早すぎて何も確認出来なかった。

来週の受診を待つ今、ソワソワしっぱなしだ。

何でもいいから今どういう状況なのか知りたい。

 

お腹の痛みや胃のむかつきを常に覚えるので、どうしても意識が「妊娠している」というところへ向かう。

 

気がつくとスマホで「妊娠4週目」と検索し、「この症状当てはまる!」

とか

「そうか、塗り薬も気をつけなきゃな」

とか、

「重いものを持つと腹圧がかかって流産の危険があるのか⋯仕事どうしよう」

などと、ぐるぐる考えて止まらない。

 

早まって、妊娠アプリを2つもダウンロードしてしまった。

 

だがこのアプリたち、日替わりの画像で赤ちゃんの成長を見せてくれるので、心の救いになっている。

 

赤ちゃんと言っても人の形とは言い難く、まるで目玉焼きの黄身のような物体だ。

 

それでもいい。

子宮の中に何とか潜り込んだ卵が、一生懸命成長している様子が可愛いイラストで描かれている。これが癒されるのである。

 

赤ちゃんが創造を重ねて日々奮闘している、と感じられるだけでわたしもパワーをもらえる。

 

創造意欲に満ちた卵のために、もっと何かしてあげたい。

この卵は私の体から出られないのだ。

私が栄養を摂って、日々楽しく暮らすことが卵のためになる。

そう思うと心が落ち着いた。

 

 

昨日の仕事帰り、夜ご飯を調達するためスーパーへ立ち寄った。

何もない普段なら、疲れてお惣菜を買ってしまうところだ。

だが、わたしの決心は固い。

 

・栄養を摂ること

・添加物を控えること

・今簡単に作れる一品。

 

創造を続ける卵と今の私の為に、これだけは守る所存だ。

 

迷った末、市販のルーを使わずにカレーを作ることにした。

スパイスは以前使った残りが、たしか冷蔵庫の扉の片隅に転がっていたのを見た気がする。

それを使おう。

パプリカ、ナス、玉ねぎ、人参、豚肉。

 

栄養を摂るにはまず色味からだ。

カラフルにすることでバランスよく摂取できるだろう。ということで、この具材でいくことにした。

 

途中、何回も「味ない!」という目にあった。

足しては味を見て「ない!」と叫び、また足して⋯を繰り返すこと40分。ようやく出来上がりました。

 

赤ちゃんのためにと願って作ったこのカラフルカレーだが、食べてみると控えめに言って美味しい。

 

もっというと、しっかり煮込まれたとろみのあるスパイシーなルーが、疲れた身体と心を元気にしてくれた。

 

 

今どういう状態か?それはエコーで見ないとわからないし、エコーで見ても実物ではないから情報は限られている。

 

だからわたしは、可能性の中に希望と創造を見いだして生きることに決めた。

 

わたしも卵が頑張ってる姿に負けず、創造を重ねて豊かに生きる。

 

このカレーのように。

 

 

【妊娠検査薬の陽性と、私の宣戦布告】

2日前、妊娠検査薬で陽性が出た。

今朝初めて産科を受診するも、まだ何も確認できず。来週改めて受診することになった。

 

検査薬で陽性が出たからといって、妊娠確定ということではなかったのだ。

わたしは、期待に胸を膨らませていた自分が恥ずかしかった。

 

この後、化学流産する可能性だって十分にある。

だけど、陽性の線が現れてから冷静な頭ではいられなくなっていた、と気がついた。

 

 

この数週間、大好きなお酒を絶ってきた。

 

仕事終わり、疲れてどうしても「プシュッ」とやりたいときは、ノンアルコール0.00%を選ぶ。

食事もバランスよく。自炊のみを貫き通して。

だから、この努力を軽視するのは違うだろう、と帰り道に思い直した。

 

 

ここ数日でとりわけひどい症状は、嗅覚過敏である。

 

道を歩くだけで、色んな人の食べたものや化粧品、香水や家の匂いがガンガン鼻に飛び込んでくる。

それだけで外に出るのが苦しい、と感じるようになった。

 

この二、三日の吐き気と頭痛、そして鼻を突く匂いを感じながら、私は「今、私の体内で成長する場を必死に作っている頑張り」を感じた。

 

元来、創作意欲を見せつけられると煽られ、燃える私である。

 

「そちらがその気なら、こちらも本気で致します」

と、体内に声かけをする怪しい女。

 

 

買い物かごには、色とりどりの野菜、良質なタンパク源と脂質、ミネラル、炭水化物を意識した食材を積み上げた。

 

家に帰り握る包丁は、もはや職人の証。立派な鍋(自画自賛)をこしらえた。

 

「心配なときは、鍋で一気に栄養をとるのが安心である」

母が言っていた。

 

ホカホカと湯気を立てる鍋を覗き込むと、葉物も緑黄色野菜もキノコも、すべてが宝物に見える。

「今から全部摂り込むからね!」

と、また謎に声かけしつつ、味噌鍋に舌鼓を打った。

 

 

もし、妊娠が不成立になったとしよう。それでも大事なのは今の自分だ。

妊娠していようが、してなかろうが、今この瞬間に嘘はない。

 

頭痛、吐き気、気絶しそうな眠気。薬に慎重になる時期だからこそ、今まで通りロキソニンを飲めない不安。

 

いつもと違うのだ。この事実で期待を抱くのは、至極真っ当。

 

 

今やれることを、精一杯やるだけだ。